2014年4月30日水曜日

副産物の楽しみ

今は、しっとりと雨が降っているけど それも悪くない
この音を聞いているだけで、  なんか 落ち着く

GWの前半はいい天気を頂けたから
まだ、桜が散る前に 近くに里山を散策
目的もなく ただ走る事が気持ちがいい

でも、こうしてカメラを持って自分なりに撮ってみるのも 副産物的な楽しみ
また、こんな日にそれを選んでブログに アップしてみるのもその二次的な楽しみ
 信州は山国だから、昇り降りは多い
だけど、それはオートバイ乗りにとっては 歓迎すべき場所
 春先は、コーナーの前後にポコンとあいた穴や
細かい浮石があるから、一気に寝かせないで様子を見ながら向きを変えていく
ワルキューレはフロントの接地が強いから ずりずりするけど
安定したままヘヤピンでも 抜けていく
無事、家に戻ってこその 楽しみ
 季節ごとに 味わいや色は違えど
どうしてか、それ以上に フロントガラス越しにみるのと 夕日が違って見えるのは
好きな事をしているだけだから なのだろうか

明日の後半からまた、 GWの後半 いい天気が続くようです。
さてさて 今からまた楽しみです。

2014年4月27日日曜日

ふらりとふたりで

天気もいいので、午後からふらりとバイクで、、
とりとめもなく、走り出して、走った事のないルートを、と
白馬方面に向かったら、意外や寒い
山の桜もまだ、、道沿いも山桜が咲き始めたばかり、、


そそくさと白馬を後にし
鬼無里のいろは堂でお土産のお焼きを
待っている間に、たった二つしか頼んでないのに
野沢菜のお焼きを差し出されて、そば茶を頂いた

「ご馳走様です。おいしかった」

流石に、もう少し暖かく桜も見れる所を目指して移動
ありました
だいぶ葉桜ですが、やっぱり綺麗です。
 この、山の人手によらず、誰を意識するでもなく、ただ時が来て
上に向かって咲く、、なんかそれがイイ
 サクラは、散り際の美しさは、格別、
全てをほんのり、ピンク色に染めてくれる
 ほとんど交通量の無い所だかからこそ、舞い落ちた花びらも美しい


Bread & Butter

 朝、2人だけで、ゆっくりと静かに 朝食
ダイニングテーブル脇の窓から外をみて

「アラ、またリスが、、この時期よく来るんだね~」

つられて、外をみると、既に残雪もなく、乾いた葉っぱが森を覆っている
木々からの芽吹きが戸隠でも始まっていて、これからは毎日
その移り変わりが、見てとれる

妻は、黒豆の、私はレーズンのパンを一切れずつ軽く焼いて
しずかな時間を、紅茶と共に頂く
最近、紅茶の入れ方も少しだけ工夫してくれていて
以前より、美味しく、長くおいても、苦味も少ない気がする。


長野に来て、ログハウスを建てはじめた頃
慣れないチェーンソーはすぐに切れなくなったものです。
アメリカから短期で来ていたビルダーが

「チェーンソーシャープナーはどこにある」 と、私に聞いた

「いや、持っていない」 と、言うと

「それは、Bread & Butterの様にセットで無くてはならない組み合わせなんだ」

なるほど、それは美味しい組み合わせだな、、

炭水化物と油の組み合わせは、健康ブームの昨今、悪者扱い気味だけど
体が何を美味しく感じるかという事は、面白い
イエスは、麦の初穂としても例えられ 自らも

「私は、いのちのパンである」

と、言った。そして油は聖霊の型でもある。
ブレッド&バター (Bread & Butter) という、組み合わせで、神を考える時
父は農夫で、イエスは麦、羊飼いでもあるイエスの元には、軟膏の様に固まった油もあるだろう
その二つを同時に頂く事で、霊の体は”肥え太る”という、神の祝福の中に成長する

ちなみに、Bread & Butterには

"平凡"とか"日常"とか…、"もてなしを感謝する"という意味もあるようですから
GWの朝に、こんなに静かに、二人で朝日の射し込む部屋で

Bread & Butterを平凡な日常の中で頂けることは、
感謝の足りない私でも簡単にそうさせてもらえる事が実は一番感謝かもしれない


2014年4月26日土曜日

また(まだ)サクラですが

 長野は、高低差が大きいので、サクラのシーズンも結構長い
市内は散っても、まだまだ登ってくるには時間がかかる
戸隠はGWあたりがいつもの事で、、美しいモノは、いつみても美しいかもしれないが
それに相応しい時期もある。

ちょっとネットでみたけど
もし、佐村河内 守氏と小保方 晴子博士の立場がそっくり入れ替わっていたなら
随分とメディアや世の反応もちがっただろうと、、

http://www.news-postseven.com/archives/20140421_252736.html

確かに、見るからに怪しそうな彼と
「STAP細胞はありまふ」と少々舌っ足らずで話す彼女 うーんなるほど


2014年4月23日水曜日

「掛け替えのない」もの

 この時期、高原の風景の一つに水芭蕉がある。
雪解けのこれ以上ないという清らかな流れの中にあって
大切なモノを白いスカーフをまとった様な可憐な姿は、なかなか
昨日の帰り道、写真を撮ってきた。

自分の家の裏庭にも、水芭蕉に絶好の環境はあるのだけど
そこに水芭蕉には、あまり育ってほしくない気持ちもある

それは夏の盛りの頃の水芭蕉を知る者なら解らない気持でもないだろう
夏の水芭蕉は濃い緑色のお化けの様にデカい葉が暴れる如き様相(特に晩秋が、、)
まるで田舎から出てきた可憐な少女が、
数年後、歓楽街の夜の蝶に変身を見た時のよう(それはそれでイイのだが)
 初めが良かったから、その後も良いかといえばそうでもなく
スタートの時点で、何の取りえもないモノが、宝となる時もあるから
人生は面白い、と、いうより主は実にユニーク

積木を積み上げる様に、下から説明していくものもあれば
上から、吊り降りてきたものを語るそんな話もある
毎日が同じように単純に見えるからこそ、
そんな日々が掛け替えのない大切なものになる

「掛け替えのない」

という言葉は、貧乏な生活から生まれたと聞いてます。
まずしい家の中には、選べるような着物もなく
いつも鴨居に架けてあるのは、同じ服だから「掛け替えが無い」わけで

だからこそ、それが尊くなる時もある
ただその状況が素晴らしいのではなく、そんなものを
装って下さる主が素晴らしい

さて、そんな一日がまた、始まりました。

2014年4月20日日曜日

さくらは、いいねー

 以前にも一度だけ家内と見たことがある千曲市 戸倉のキティランド
今回はばっちり満開ですから、人の多い日曜日でも寄る価値はありますねー
誰もいないのもいいものですが、多少は人込みも、賑わいのひとつで悪くない
 とにかく、花、はな、ハナ、見事です。
サクラのトンネルは、何度見ても    「うわー」  ってなります。
依然、福島の三春に少しだけ寄った
確か名前の由来が 「梅」「桜」「桃」の3つの春が一度に咲くという事からその名になったと、、

信州も結構寒いから、時間を惜しむように一気に咲いていく
帰り道の”あんずの里”では、杏の花が結構咲きだしていた。
聖書には、

「目は見飽きることなく、、」

とあるけど(違った意味で)飽きねーな


 岩下 尚史さんという方が、本来桜を愛でるという行為は咲いてる時だけじゃなく
散ってからも「葉桜」を秋には「桜の紅葉」を楽しむことを日本人はしてきた、、

と、いう話を家内から聞いて

「ホントやなー」

と思いました。

「アレ~、なんだもう散っているじゃん」

ではなく、

「桜の新緑ってのも、またいいものだね~」  なんだな、

2014年4月19日土曜日

成長

オランダのフランス・ホフメスターさんが娘の14年間の成長をタイムラプス映像にまとめた画像
現在子育て中の方にしてみれば、14年の子育ての長さ、そして14才になっても、まだこれから
↓CNNの画像ですがよろしければ見て頂きたい こんなベイビィが女性に変化していく奇跡を
http://www.cnn.co.jp/video/12670.html?tag=mcol;topVideos

とにかく、人間は成長に時間がかかる
平均寿命が短い所ほど、性的発育も早く、出産年齢も若い
旧約聖書でノアの前の時代などは、ティーンエイジャーの時期や反抗期も数百年あったかもしれない
ちなみにノアの子は500才で生まれている。

体だけ大人になっても、魂の成長は実際そこからとも言え
悲しい事や嬉しい事、大切な人との別れや様々な出会いを繰り返して心のひだが生まれる
霊の成長もそれに似ていて、焦っても逆効果
体は寝ている間に成長ホルモンが出る

父は実に偉大です。
そんな父も、なかなか健やかに成長しないわが子を見て霊の親としての気持ちはどんなものだろう
そう思えば、親としての経験をさせてもらえたのは実に光栄な事



2014年4月18日金曜日

美しい 日本の桜

 白山市の義父の、入院で17.18日と石川に行く事に
丁度次女夫婦も休みがもらえたので、次女の旦那の車で4人で移動
交通の難所と言われただけあって富山←新潟間は殆んどトンネルが続く

家内の膝の上で番犬の如く、かまえているノエル
GSのオジサンなど 近づくと 吠えて威嚇している(小さい脳みそなのに実に、、)

子犬を膝にのせている妻の風景は好きだ
次女の旦那は初めてなので、内灘砂丘や千里浜
姉のお勧めの魚料理の美味しい店と、塩分のある温泉など
意外と、色々堪能できた、こうして当たり前に、海からの恵を頂ける事が感謝 


石川門、金沢城、兼六園は丁度無料開放が終了したばかりで、人の流れは多くない
だいぶ葉桜気味であるが、それもまた味わい深いし
何と言っても流れる 桜吹雪が美しい

依然、親しくしていた宣教師が、日本の桜を見て

「全く、日本人と一緒だな、、」

と、吐き捨てる様に言った。
花は見事だけど実を付けない、という意味らしい
そして今でもそのことばには、こころから同意している。

確かにアメリカの桜は、見事なサクランボを実らせる(大学構内など)
日本のサクラはソメイヨシノが多く、ほぼ実は付けない
他の種類の桜もまた、付けても小さい実 だけ、、(私はあのちょっと酸っぱくてビターな味が好きで、小さい時から桜の木に登っていたけど)

もし、日本のサクラが全てサクランボをつけるなら、結構大変でもある。
場所によっては、実の奪い合いなど争いの種にもなるかもしれない
そう考えると、実を付けないというメリットもある

またただでさえ、毛虫などが付き易い樹種だけど実も付けると(とくに美味しい意味だと)
カビや腐り、鳥、病気などそれも見難い

また全てにおいてこの世界ではエネルギー保存の法則が働くから
大きい実を付ける分、花の美しさ、勢い、成長、免疫能力などが削がれるもの

水力発電も、太陽光発電も同じで、日当たりの良い山の斜面などにソーラーパネルが並べられるのをみるにつけ、いままでそこで豊かに恩恵を受けていた、植物や野生の動物などが死に絶える事になる、だってそのエネルギーを人は僅かな電力を得る為に奪っているのだから、、

そう考えると何も産みださないという事の潔さ、美しさ、素晴らしさをこの頃は感じる
所詮、魂から産みだすモノは、そのうち必ず 膿み出す事になる

2014年4月16日水曜日

外側の魅力

 去年リフォームした友人宅↑
煙突の出す位置の関係で軒天がすすけてしまったので、そのリペア
登っているのは、家内(もちろん、私もあがりますが、、)

最初ペンキで試してみたけど、上手くいかず、張り直す事に
完全元通りとはいかないけど十分いいんじゃない↓
内側は大事だけど、外側はどうでもいいわけでもなし
もちろん、内側の美しさによって外側がだんだんとキレイになっていくって事が理想

外側って体もそうだけど、魂の外ずらも、やっぱり出てしまう
怒りやイライラ、楽しめてない、何かしてないと喜びが無い、など
人ってなかなか 不正直な事もあるからねー

それにしてもちょっとしたことだけどやっぱり
そんな外側も、また魅力的で、あります。

だって、、

「あなたのその性格や心の美しさ、優しさや正直な態度が、大好きです。
  そもそも、外見なんて、どうでもいいんです。」

って、言われたら、なんか複雑、、、

車の話のつながりで、、、


町を走ると、ドミノ倒しのように次々と道ゆく人が振り返る。

トヨタ2000GTの名を知らない人もいるだろうけど、
実車を見たことがある人は少ないだろう。まさに幻の名車なのだ。
実際私も見たことは4回程(コレクションホールは別)乗った事はない

それのレプリカを作った方がいる

オリジナルの2000GTは、1967年から70年までにわずか337台だけの生産。大衆車のトヨタ・パブリカが36馬力800㏄エンジン、35万9000円という時代に、
150馬力DOHC2000㏄エンジン、238万円というのは驚愕のスペックと値段。

2013年5月には、米国で67年式トヨタ2000GTが1億2000万円という価格で落札
こうなると、仮に「さぁ、どうぞ乗ってください」と、もしいわれても、気軽に乗れない。
そんな心配なしに憧れのスーパーカーで、「近所のコンビニまで」という使い方ができるのが、レプリカの魅力。
2000GTの優雅なフォルムを再現したこのレプリカを製作したのは、愛知県にあるロードスターガレージ。
小林誠社長が自身の夢だったオープンカー型2000GTのレプリカを形にしたところ、「自分も欲しい!」との問い合わせが全国から殺到。
ならば期待に応えようと奮起し、3年がかりで「HIROSHI」と名づけた第1号車を完成させた。

旧型のユーノス・ロードスターをベースにしたこれが同社の基本モデルで、290万円から製作可能(ベース車両代金は別)というのは、ほぼ手作りとしてあり得ないほどのバーゲン価

格といっていい。

「クルマは実際に乗れてこそクルマ。実際に買って使える値段に収めたかった」

という小林社長
HIROSHI以外には、フェアレディZがベースでクーペボディの「AKI-Coupe」、
そして最上級モデルの「龍妃ファイナル」(日産S31Zベース)があり、どの一台にも小林社長のこだわりと愛情がたっぷり。
2000GTの特徴でもあるフロントガラスも、作り、それはオリジナルの2000GTにも使えるもので
2000GTオーナーの間でも噂になっている程

現在30台のバックオーダーを抱えている小林社長の夢は、オリジナルの総生産台数を超える338台を製造すること。
できないといわれるとメラメラと職人魂が燃え上がる小林社長。
先人たちが果たせなかった2000GTのレプリカ作りを続けている。
 当時ヤマハがピアノ製作技術を駆使して作ったと言われるインパネも再現
テール周りも特徴の丸いコンビネーションライト、センターからのデュアルだしマフラーと
普通の人が見たら気が付かないレベル、オープンカーベースだからそれもいい
 さてこちらは、実際のボンドカーとなった映画のシーン、振り返っているのはショーン.コネリー
 当時、映画に間に合わせる為に、トヨタ工場ではなく、今でいうヲタクみたいな工場で
徹夜で作らせていたというトヨ2のオープンカーの日本での完成記念ショット?
さすが、本物はフォルムもさらに独特でカッコイー

2014年4月14日月曜日

架け橋とならん?

 車のタイヤを夏用に交換しました。
長靴からスニーカーに変えたような、春らしい気分
そんな自動車の話

ちょっと前までは、「いた車」と言えばイタリヤの車
でも最近は”痛い車”のこと 先日伊勢に行った時も高速で並走させていただきました。
バカみたいけど なんだか明るいかんじ?



 そんな風変わりな文化も市民権を得て、バイク自転車、トラック、バス、車イスやレース
陸の上だけでなく、水の上、空を飛ぶものまで、勢力を拡大している。
トヨタは公式「痛車」(シャアバージョンもありましたね)も出している。↓
↓写真は、定番の一つ初音ミクの痛車の事故の実際の画像
ドライバーは、昨年冬に開催されたコミックマーケットに参加した旨を警官に伝えたところ、 
駆けつけた警官は「行きたかった」と回答したとのこと
 ここまでくれば、ある意味偉大とも言える。
ブームと言えばそれまでだけど、これは単なるヲタク文化圏だけでは無理な事
何故ならヲタクと車は結構遠い関係だからだ
逆にヲタクと対極の「ヤンキー」は車は必須アイテム
これは、ヲタク文化とヤンキーの架け橋とはるのか?

2014年4月13日日曜日

ひなた、ひかげ

  昨日から孫たちも来ていてジジババは結構忙しい

「ソリ、するー」

と、言っているが、もはや庭には雪は無し
後ろの日陰に行ってみると、見つけました残雪
 しきりに、小さなショベルで雪遊びです。たのしーね


話は変わり、、
イチローの記録については今さら書く事もありませんが
彼について世間で言われている“視力0・4説”
本人のコメントは、、

「目はねえ、よくないんだよね」

メジャーに来て2度、コンタクトレンズをつけてのプレー1年目の01年と去年。
どちらもオープン戦期間中。定期健診の後、医師に命じられた。

「細かい字は見えるけど、野球にはなんにも反映されない。
目を使おうとするから反応が遅れたりする」

「たとえばピッチャーのここに書いてある文字を読む競技なら(コンタクトは)必要だけど、
視力と野球の動きって、まったく関係ないことはこの春に体験した。
目を使おうとすると体が緊張することを僕は知っている」

不振のときを分析して彼は

「ボールを見過ぎてしまっている」

オリックス時代、視力が0・8に下がったことが

「あのはかり方って暗い部屋でパコッて光が当たってそれを読む。そもそもそんな状況で野球はしない」

そして、イチローが出した結論

「ホント、医者って厄介ですよね」


聖書を読む事、調べる事、文脈など前後の関係性も考慮する事、
原語を学ぶこと、色々意見を聞く事などなど、

それらは、神の書かれたモノを知る事になるとしても
神ご自身を知る、または神の意志を知ることにはならない


丁度、清国で「科挙」と呼ばれるチョー難しい試験で合格しさえすれば、私服の肥やし放題!
有名な清の汚職官僚和珅(珅は王編に申)などは、国家予算の15年分を汚職で、、

これは十分な歴史もあって三国志の太尉で有名人というと、曹操の父、曹嵩。
彼は、この地位をなんと「1億銭」という途方もない大金で買った。

官職をゼニで買う。いまならどこの国でも、典型的で露骨な買官行為、犯罪行為として糾弾
そうならなくても「汚職政治家」の烙印が付くところ、

ところが、清国ではまったく合法という世界(ちなみにこのころの司徒で有名人が「崔烈」この人は「500万銭」で買った)
崔烈の息子・崔州平は、諸葛亮の友人で、当時の三役(大臣)の1人が袁逢、彼は、あの袁紹の父
三国志でどこの馬の骨ともわからないのは劉備玄徳くらいのもの(彼は自称だからね、、)

話はそれましたが、知恵を使えば使うほど
一生懸命にやればやるほど、見ようとすればするほど
本質からは、ずれてしまうのは、どの世界でもあること

それは、神の知恵でもある。主はやっぱスゲー

2014年4月12日土曜日

  時事通信社 2014年4月12日 11時58分 (2014年4月12日 14時42分 更新)

「 安倍晋三首相主催の「桜を見る会」が12日午前、東京都内の新宿御苑で開かれた。首相は「今年の目標は景気回復の実感を全国津々浦々に届けることだ」とあいさつ。春闘でベアが相次いだことを踏まえ、「給料の 上がりし春は 八重桜」との句も披露した。

 昨年の会では既に散っていた八重桜も今年は満開。首相は満開の桜を景気に絡め、「だんだん雰囲気が良くなってきたということではないか」とアベノミクスを自賛した。消費税率引き上げの景気への影響が懸念されることから「きょうの午後にはどんどん買い物をしてほしい」とも語った。  」

まあ首相ならこれくらいの厚顔で無いと困りますが、
以下の詩 なんだかよくわからないけどすごい(かも?) 
実際はもっと長くて最後だけの抜粋ですが、
作者は松岡宮(松岡恵子)さんと言う方(以前は不肖だった)。
 
 http://homepage1.nifty.com/MIYA-MATSUOKA/

謝れ職業人」で検索すれば出てくると思います。
 

謝罪せよ

 あなたが彼らの年金を払ってやることに対して
 謝れ
 あなたが彼らの医療費をまかなうことに
 謝れ
 あなたが彼らを保護しいたわり慰めることに
 謝れ

 3月15日くもり
 自分がたまたま頑丈であり
 毎朝おはようと笑って出かける
 そのことに
 ごめんな
 さい




もしも、働く事が”義務”ではなく
働く事が”趣味”だとしたらどうだろうか。
どれほどキツイ仕事であっても、人はそれを「好きでやっている」としたら、、
もし誰かが

「誰がこんな事を好き好んでやっているか」

と、仰るなら、今すぐその仕事を辞めて頂いても構わない。
そんな事をすれば誰かが困ると言うかもしれない
でも、この世では代替えの効かない仕事いうものは、実は無いと思っている。

もちろん私個人は働いている人を尊敬するし、また細々でも自営で飯を食っている人を応援したくもなる
その中でも激しい状況で真面目に長期に渡ってその仕事のスキルをあげて続けている事も尊敬もする
だから、それが危険だとしたらどうだろう

松岡さんの詩を両手放しで、歓迎するのは難しいけど
こんな辛い仕事を続けている理由や愚痴や自慢は有害性を含んでると思うし
勤労の美しさすら、暴力的なのかもしれないと、思わせてくれる そんな詩かも