2015年5月27日水曜日

怪我の功名、使い方違うか?




 が骨を折ってくれたお蔭(?)で
昨日はまっちゃんら、今日はクルッケンバークさん達がお見舞いがてら寄ってくれてお土産まで頂きました。
私は何もしてないんだけど、ほら彼女の旦那だから、美味しく頂きました。
御馳走様~悪くないね!

2015年5月22日金曜日

一日一日

 日々日差しと緑が濃くなっていく
このバックヤードをトライアルマシンでトコトコ走るのも楽しい


 冬の準備も進んでいる昨日は白樺と黄柏(キハダ)
あまりにキレイなので黄色い部分を舐めてみる
オウバクの苦味が口に広がる

さてさて今日は何をしようか
何をすることになるのか
 とにかく 一日一日 ありがとうでございます。

2015年5月19日火曜日

ワクワク→ドキドキ→ハラハラ


 当時、山を売って買うと言われた価格
それでいて不確実性とリスクは小さくない
そんな怖ろしいもの、乗って楽しくないハズない

メーカー(特に日本)は誰が使っても同じように確実に動作する様に、品質の向上に努めてきた。
結果、商品のクオリティは向上し不良品に巡り合う事は宝くじに当たる程のレベルまで来た。
運転の苦手な人でも不安なく乗れるスポーツカー
素人でも簡単に結構綺麗に撮れるカメラ
ちょっとした母親以上に美味しい出来合いのおかず

そうしたモノは期待を裏切らない結果皮肉にも感動を人に与える事は少なくなっていくから面白い(そもそも期待してないとも言えますが、、)

私のガレージには、かつての日本の工業製品の歴史を感じさせる一台があります。

陸王RQ型750 かつての日本ハーレーダビットソンモーターサイクル社(後の陸王内燃機)がライセンス生産した日本のハーレー総生産台数は1500台戦争にも使われたので現存は不明
RQは1953年(昭和28年)-1955年(昭和30年)に作られ
ROの改良型。陸王の代表的なモデル。サイドバルブ750cc、22馬力。手動進角、手動油圧ポンプ。前進3段ハンドシフト、フットクラッチ






ナナハンにして僅か22馬力を4000回転少々で生み出すエンジンは、まさに昔の発動機という感じでその低速の粘りは俄かには信じ難い
トップに(3速)で、交差点を右左折出来る程で、その鼓動感と排気音は、今まで乗ってきたバイクの中でも最も味わい深くノスタルジックで
もう走っているそれだけでウキウキさせてくれるそんな存在なのであります。

2015年5月16日土曜日

パッカーン

 車中の会話

私「バイクや温泉は夏過ぎかな」

妻「うん、、ねえ、楽しい話しない?」

私「そうだね~治ったらサクやヒヨまた抱けるね」

妻「いいね、いいね」

私「それにしてもやっちまったねー」

妻「やっちゃったー、ハハハ」

笑うと回復も早いかな?

写真は家内の上腕骨の画像 実にキレイに真っ二つ 見事
ポチャが好きな私にぴったりの骨までちょい太め(?)

2015年5月15日金曜日

白馬行き

 前日の予想最高気温31℃
当日上田市は31.7度まで上昇したらしいが
白馬はまあ、快適で感謝
笑顔でお迎え、感謝x2
地震と豪雪で峠は殆んどオフロードですが、GSは素晴らしいですね~



 お茶を頂いた後、ピザ屋さんへGo
お昼も美味しく頂きましたし
カメラマン マックNITTA氏とも初対面

帰りはグルグル細かい道を走り過ぎの帰来もあったけど「ふ~、走りました」


2015年5月11日月曜日

自制

アカシア特有の甘ったるい風がまとわりつくよう

「すごい香り~」

千曲川に架かる丹波島橋の上、ちょっと振り向いて声をかける

「うん」

かき消されそうに後ろで小さく声
ちょっとヘルメットを縦に動かしているのがサイドミラーに見える

上流には遠くに北アルプスがくっきりと見える
帰宅途中の車の流れが途切れ前方が開ける
両側のパニアケースには買い物した食材がズッシリ詰め込まれている。
軽くアクセルをゆっくりと、でもしっかりと開ける

「ぐぅぅ、、るるぅぅぅ、、」

フラットツイン特有の低音をうならせながらシットリと加速して行く
丁寧に扱っていると本当にBMWという機械は乗り手に優しい
鉄とアルミの塊が自分の手足の延長になった様に感じれる程で
思い通りに出来るとゆっくり走っていても気持ちが好い
善光寺通りを右目の奥に見ながら左折して30m程の所にある最後の信号

そこから私の家まであと12km飛ばせば15分
だけど今日の夕暮は何だか勿体無い感じがして
渓谷沿いを左右に奏でるように登って行く

オートバイをコントロールする、それは楽しいし満足もある
その様に、自分の体もコントロール出来たらどれほど幸せだろうか
以前、それはあの呪われた「実」の影響で、どれほど努力しても出来なかった事
絶対抜け出せない牢獄の様に、この滅びゆく体に幽閉される魂

魂では魂は制御できない、そして死んだ霊は死にゆく魂を従えせない
だから魂は肉体に従ってでも何とか生きていこうと必死になってきた。
蘇った霊だけが、魂を神の御心のままに躍らせその魂は体を従わせる事が可能になる。
それは、なんと楽しく、喜ばしい事だろうか

私が最も私らしくある時は、私が私の霊に従っている時だけ
私の霊が、私の魂に命じ、私の魂が、私の体に命じる時だけ私は本当に自由なのです。
それは私を造られた方の御心の通りに私が永遠に生きる時でもあります。

霊の父が、キリストを霊の体で蘇らせ
キリストの息が、私の霊を生き返らせ
生き返った私の霊が、私の魂に命じ
救われた私の魂が、私の体に自制を与えて下さる。



2015年5月8日金曜日

「Thank you ! for Your good day.


 バーベキューはちょっと失敗したけど、以前からうちに来て見たいと言う奇特な方も
御姉妹できてくださり、連休最後を賑やかにしかしゆっくりと過ごしました。


 良い天気に恵まれ、神様が備えて下さった、ロケーションがあれば既に十分
何を食べても美味しいし、新緑の中の露天風呂も最高でした。

ありがとう!